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【ダウン症児】妊娠中から出産まで

妊娠中の検診は

住んでいる所の病院と

里帰り出産する病院の二つにかかっていました。

 

妊娠4ヶ月から6ヶ月の間は

地元に帰り、母親とのんびり過ごしていました。

 

その二つの病院から

「順調ですね。」
としか言われずに35週まできました。

このまま普通に出産するものだと思っていました。

里帰りをして
出産予定の産院で、35週の検診の時

胎児胸水が見つかりました。

 

医師から

「滅多にないことです」

 

と言われて、泣きそうになったのを覚えています。

医師からは
「翌週には胸水がなくなることもあるけど、増えることもある。
増えるようなら大きい病院に紹介します。」
と言われました。

翌週の再診時には、胸水が増ていたので
近隣の大きな病院へ転院となりました。

 

そこで初めて、胎児の心臓に異常があると診断されました。
胎児の胸水も増えていたので、翌日に帝王切開術にて出産することになりました。

 

胎児に異常があると言われてから1週間。

検索魔となり、胎児胸水でネット検索すると出てくるのは

「染色体異常」

の文字。

 

生きた心地がしませんでした。そして、出生前診断を受けなかったことを後悔しました。

 

妊娠14週のころ、出生前診断を受けたいけどどうしたらいいですか、と
住んでいる所の病院に確認したことがあります。

そこでは、

「親戚に障害がある人がいるの?いないなら大丈夫よ。年齢的(その当時32歳)にも
問題ないでしょ、検診も順調だし。どうしても受けたいなら大きな病院に行ってね」

 

と言われました。悪阻(吐き悪阻とよだれ悪阻)もまだあってきつかったので
「大丈夫だよね」と思い受けるのを辞めました。

 

あの看護師と医者、何を根拠に大丈夫って言ったの。
遺伝とは関係ないものだってあるのに・・・。なんで自分も安心しちゃったんだろう。

 

と泣きながら後悔しました。

 

 

帝王切開術自体は問題なく終わりました。

 

生まれた息子は

 

大きな声で一度泣いた後、静かになり、しばらくして

また泣き始めました。初めての出産だったので、その声が大きいのか小さいのかはわかりません。でも泣いてくれたことにホッとしました。

 

グルちゃんは処置のため、手術室の隅に連れて行かれて、色々チェックされていました。

すると
「SpO2 50台」

 

と聞こえました。

 

 

低い!大丈夫なのかな…
(通常96%以上)
と心配になりました。

 

暫くして私の前に連れて来られました。

 

全身あかい…というよりか紫色だし、なんだか全身パンパンすぎる気がする。
産まれたては、こんなものなのかな?

 

そう思いながらも

左手を触らせてもらった時は、無事に産まれてくれたことに安心し、嬉しく思い、涙がでました。

 

その瞬間だけ染色体異常のことは忘れていた気がします。

グルちゃんはNICUへ搬送され、自らの術後処置を受ける中で
徐々に冷静になり、

今度はこれから待ち受けていることが

怖くて涙がでました。